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『攻殻機動隊 SAC_2045』を解説|2045の物語と「最後の人間」まで整理

廃墟となった2045年の東京で草薙素子と公安9課、その先にシマムラタカシが立つ近未来サイバーパンク風景 あらすじ・考察

『攻殻機動隊 SAC_2045』の最終回は、シマムラタカシが人類をダブルシンクへ導き、草薙素子がその世界を維持するか否かという選択を託される結末です。

物語はポスト・ヒューマンの出現から始まり、トグサの失踪、難民集団「N」、江崎プリン、ミズカネスズカ、原子力潜水艦をめぐる核大戦の危機を経て、EPISODE 24「DOUBLE THINK / 事象の境界線」へ収束します。

本稿ではNetflix配信版全24話と劇場版『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』について、公式サイト、Production I.G、2022年11月18日公開の国土交通省Project PLATEAU・神山健治監督インタビュー、2023年11月25日および12月2日の公式イベント記録などを照合し、事実と考察を分けて整理します。

『攻殻機動隊 SAC_2045』最終回までに何が起きた?ポスト・ヒューマンからNへの流れ

『攻殻機動隊 SAC_2045』は、士郎正宗さんの漫画『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』を源流とし、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を手掛けた神山健治さんと荒牧伸志さんが監督したシリーズです。

Production I.GとSOLA DIGITAL ARTSが制作し、シーズン1は2020年4月、シーズン2は2022年5月にNetflixで配信されました。全24話で、『攻殻機動隊』シリーズとして本格的なフル3DCGを採用した作品でもあります。

舞台は2045年。

草薙素子、バトー、イシカワ、サイトーら元公安9課のメンバーは日本を離れ、アメリカ西海岸で傭兵として活動していました。

この時代では、戦争を経済活動として継続させる「サスティナブル・ウォー」が進行しています。さらに全世界同時デフォルトが起こったことで金融経済が麻痺し、戦争と社会不安が拡大していました。

ここで重要なのは、全世界同時デフォルトを原因としてサスティナブル・ウォーが初めて始まった、という単純な順序ではないことです。

すでに制度として動いていた戦争が経済崩壊によってさらに激化した、と捉えるほうが本作の世界観を理解しやすいでしょう。

そして公安9課の前に現れるのが「ポスト・ヒューマン」です。

公式キャラクター紹介では、ミズカネスズカは元数学オリンピックチャンピオンで、日本でポスト・ヒューマンへ覚醒したとされる一人。シマムラタカシは14歳の中学生で、「シンクポル」の作者と目される人物として説明されています。

ポスト・ヒューマンは、人間離れした演算能力、電脳戦能力、身体能力を持ちます。

しかし『SAC_2045』で本当に重要なのは「強敵が現れた」ということではありません。

彼らは人類を破壊するためだけに動いているのではなく、従来の人間社会そのものを別の段階へ進めようとする存在として描かれているからです。

シンクポルは「多数決なら正しい」という考えを揺さぶった

シーズン1でシマムラタカシが開発したシンクポルは、多数の人間がネットワーク上で一つの対象について判断し、それを現実の結果へ結び付けるシステムです。

権力者だけが物事を決めるのではなく、多数の市民が参加するという点だけを見れば民主的にも映ります。

しかし、多くの人が同意したことと、その判断が正しいことは同じではありません。

旧『S.A.C.』が「個人が独立して行動しているのに、結果として同じ現象を生み出す」というStand Alone Complexを描いたのに対し、シンクポルでは集合した意思そのものが社会を動かす装置になるところまで踏み込みます。

このシンクポルの発想が、シーズン2の「N」とダブルシンクへ拡張されていきます。

トグサはなぜ東京へ向かったのか

シーズン1終盤、トグサはシマムラタカシの過去を追う中で、現実と記憶の境界が揺らぐ体験に巻き込まれます。

シーズン2のEPISODE 17「ROOM 101 / 夜と霧」では、過去の記憶をさまよったトグサが、2045年の荒廃した東京へ向かう列車で目を覚まします。

続くEPISODE 18「N-POWER / 独立国家のつくり方」で、バトーたち公安9課はトグサから届いた情報を手掛かりに、東京復興の象徴であるジオシティへ向かいます。

ここから物語は、「ポスト・ヒューマンを捕まえる捜査」から「新しい社会そのものと対峙する物語」へ大きく変わります。


『SAC_2045』のNとは何?シマムラタカシが作ろうとした世界

Nとは、単なる難民集団の名前ではありません。最終的には、現実を生きながら本人にとって摩擦の少ない別の現実を同時に生きる人々を示す概念へ広がります。

Production I.Gによる劇場版『最後の人間』の紹介では、シマムラタカシは難民集団「N」を率いる人物として明記されています。

しかしNの本質を理解するには、2022年11月18日に国土交通省Project PLATEAUで公開された神山健治監督のインタビューが非常に重要です。

神山監督はそこで、「Nの世界」を、現実とは別に摩擦のない現実も生きられる状態として説明しています。

さらに、タカシが作ったプログラム「ミニラブ」によって、一人ひとりが強く管理されながら、それぞれにとって幸福な世界を生きる構想だったことも明らかにしています。

つまり、Nを「政府から独立しようとする難民国家」とだけ捉えると、終盤の意味が見えません。

N=ダブルシンクを前提とした新しい人間社会へ移行する人々と考えると、最終回へ至る流れが整理しやすくなります。

※画像はAIによるイメージ

なぜシマムラタカシは『1984』を理想郷と考えたのか

タカシの思想を読み解くうえで欠かせないのが、ジョージ・オーウェルの小説『1984』です。

一般には、監視や思想統制を描いた代表的なディストピア文学として知られています。

ところが神山監督はProject PLATEAUのインタビューで、少年時代のタカシは『1984』の社会を「理想郷」と受け取った人物として設定したと明言しています。

タカシにとっては、誰かが管理し、判断し、社会を一定方向へ導いてくれるほうが、一人ひとりのストレスを減らせる。

だからこそミニラブを作り、Nの世界を作ろうとした――というのが制作側から示された背景です。

ここは単なる悪役の思想として片付けにくい部分です。

タカシが目指す世界では、人は不幸になるから支配されるのではありません。

本人が幸福だと感じるからこそ、自分が管理されている事実を問題としなくなる。

筆者としては、この構造こそ『SAC_2045』が描いた最も現代的な恐ろしさだと考えています。

暴力的な独裁より、快適さによって自発的に判断を手放していく社会のほうが、はるかに拒否しにくいからです。


江崎プリン、ミズカネスズカ、原子力潜水艦はどう最終回につながった?

シーズン2後半が分かりにくく感じられる理由の一つは、プリン、ミズカネ、タカシ、アメリカ側の思惑、N、原子力潜水艦という複数の線が一気に合流するからです。

時系列を押さえると、最終話はかなり理解しやすくなります。

江崎プリンには何が起きたのか

江崎プリンは、新生公安9課で鑑識を担当する人物です。

公式プロフィールでは、飛び級でMITへ入学した才女で、鑑識の担当範囲を超えて自主的に情報収集や捜査を行う人物とされています。

シーズン2のEPISODE 15「FACTOR / 1A84」では、ポスト・ヒューマン発生に関係するAIプログラム「1A84」をめぐる事実が明らかになり、プリンにも異変が起こります。

その後、帝都総理の暗殺未遂事件が発生。EPISODE 16では、この事件によって公安9課が活動自粛へ追い込まれ、タチコマたちがプリンの過去を調査します。

プリンは一度肉体を失いますが、EPISODE 19「TRUTH POINT OF CONTACT / 約束の橋」で全身義体のアンドロイドとして再生し、東京を目指します。

この展開が重要なのは、「死んだ人物が復活した」という驚きだけではありません。

肉体や脳が存在しなくても、記憶と人格の連続性が再構成されたなら、その人物を同じ「人間」と呼べるのか。

草薙素子が長年問い続けてきたゴーストと身体の問題を、プリンは別の方向から突き付けています。

ミズカネとタカシは同じ役割ではない

ミズカネスズカとシマムラタカシはいずれも日本で覚醒したポスト・ヒューマンですが、物語上の位置付けは同一ではありません。

タカシがNの思想と新しい社会設計の中心にいる一方、ミズカネはその計画を現実の軍事・インフラ面で成立させる側に位置します。

EPISODE 19では、ミズカネを追うアメリカ特殊部隊がハッキングによって壊滅。

EPISODE 20ではタカシが自衛軍をハックし、EPISODE 21では公安9課、アメリカの特殊部隊、ポスト・ヒューマンが三つ巴の戦闘に入ります。

ここで公安9課が相手にしているのは、二人の超人だけではありません。

軍隊、通信、兵器、人間の認識までネットワーク化された社会では、優れたハッカーが一つの端末を奪うのとは次元が異なります。

ポスト・ヒューマンは、社会システムそのものを戦場へ変えられる。

これは従来の『攻殻機動隊』における電脳戦から、一段進んだ脅威です。

原子力潜水艦の奪取から核危機まで

EPISODE 18では、アメリカの原子力潜水艦がポスト・ヒューマンに奪取されたことが明らかになります。

Production I.Gもシーズン2の中心的な状況として、奪取された原子力潜水艦による核大戦の危機と、公安9課・アメリカ・ポスト・ヒューマンによる三つ巴の戦いを紹介しています。

EPISODE 22「OPERATION STANDOFF / 開戦」を経て、EPISODE 23「DOOMSDAY / 荒城の月」では、公安9課が核ミサイル発射を阻止するためタカシを追います。

同時にプリンはミズカネの拠点で、ステルス爆撃機が東京へ向かっている事実を知ります。

つまり最終話直前では、核ミサイル、アメリカによる軍事行動、Nへの移行が同時進行しています。

従来の安全保障の発想では「敵を排除すれば危機を止められる」はずでした。

ところが本作では、敵を倒す行為そのものがシステム全体の反応を呼び、さらに大きな破局を招きかねません。

ここに、ポスト・ヒューマンと従来型国家の決定的な非対称性があります。


『SAC_2045』最終回を解説|DOUBLE THINKで結局何が起きた?

最終回で起きた最大の変化は、人々が物理的な現実と、本人が幸福だと認識する別の現実を同時に生きる「ダブルシンク」の側へ移行したことです。

Netflix配信版の最終話はEPISODE 24「DOUBLE THINK / 事象の境界線」。

2023年発売のシーズン2 Blu-ray BOX公式情報でも、全12話の最後に同エピソードが収録されています。

EPISODE 24冒頭では、事件が収束したかのように公安9課の日常が戻っています。

しかし違和感を抱いた素子が目覚めると、彼女はコールドスリープカプセルの中におり、それまで目にしていた「事件後の日常」そのものを疑わなければならない状態になります。

ダブルシンクとは何か

2023年12月2日にグランドシネマサンシャイン池袋で行われた『最後の人間』公開記念舞台挨拶では、ダブルシンクについて、現実と並行して自分の思い描く虚構も生きる状態だと公式レポート内で説明されています。

大切なのは、肉体を捨てて完全な仮想世界へ移住する仕組みではないことです。

身体は現実世界で活動する。

一方で本人の認識は、現実の摩擦や苦痛を調整された別の世界を経験する。

社会を動かす身体と、本人が「自分の人生」として感じる経験が分離する。

これがダブルシンクの核心です。

核戦争は本当に起きた?最終話では現実との境界が明示されない

終盤で最も混乱しやすいのが、「核ミサイルは実際に発射されたのか」「公安9課が経験した戦闘はどこまで現実だったのか」という点です。

ここは「核戦争が起きたとも起きなかったとも言える」と断定するより、作中では、視聴者が見た一連の出来事のどこまでが物理的現実なのかを明確には確定させない構成になっていると整理するのが適切です。

最終話の副題が「事象の境界線」であることも象徴的でしょう。

従来の『攻殻機動隊』にも偽の記憶や電脳ハックはありました。

しかし従来型の電脳ハックは、基本的に「本当の現実が別に存在し、誰かがそこへの認識を改変している」という構造です。

ダブルシンクが異なるのは、改変された認識の側も、その人にとって継続的な人生として成立してしまうことです。

ここが『SAC_2045』の新しさだと私は考えます。

真実を見破れば元へ戻れる、という従来のハッキングとは違います。

本人がその世界を幸福な現実として選んでいるなら、「元へ戻すこと」そのものが救済なのか分からなくなるからです。

※画像はAIによるイメージ

素子はシマムラタカシのコードを抜いたのか

Netflix配信版では、明確に断定できません。

2023年12月2日の公式舞台挨拶レポートでは、タカシが素子に託した選択について、コードを抜けば世界を現実へ戻し、抜かなければ人々が虚構を含む世界を生き続ける、という構図だったことが説明されています。

そのうえで押井守監督は、神山監督はコードを抜くか抜かないかの結論を出したくなかったのではないか、と読み解きました。

神山監督は明確な正解を明かしていません。

したがって、Netflix版について「素子は確実にコードを抜いた」と断定するのも、「確実に抜かなかった」と断定するのも慎重であるべきです。

物語は、素子の回答を伏せることで視聴者自身に判断を返しています。

幸福な認識を維持するのか。

それとも摩擦や対立があっても、一つの現実を共有することを選ぶのか。

最終回が残したのは謎解きというより、この選択そのものです。


『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』でラストはどう変わった?

『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』はシーズン2の後日談ではなく、シーズン2全12話を新しいシーンや視点とともに一本の映画へ再構成した劇場版です。

2023年11月23日から3週間限定で公開され、神山健治さんと荒牧伸志さんが総監督、藤井道人さんが監督を担当しました。Production I.Gも、シーズン2を新たなシーンとともに再構成した作品と説明しています。

配信版との最大の違いは、クライマックスです。

比較点 Netflixシーズン2 劇場版『最後の人間』
基本の物語 全12話 シーズン2を映画として再構成
コードの選択 視聴者に解釈を委ねる 制作側がより明確な答えを提示
タカシとの会話 電脳リソースに余裕がないニュアンス 会話のニュアンスを再調整
ラストの方向性 意図的な曖昧さ 希望を含む着地点へ再構成

2023年11月25日の公式スタッフトークには、演出・編集の古川達馬さんとサウンドデザイナーの高木創さんが登壇しました。

公式レポートによれば、劇場版のクライマックスはシリーズ版と異なる展開となり、音声もほぼ新規で録り直されています。

とくにタカシについては、Netflix版では別の処理に電脳リソースを使いながら素子と話していたのに対し、劇場版では素子との対話へよりリソースを割ける状況として演技のニュアンスを調整したと説明されています。

さらに同レポートでは、シリーズ版で視聴者に委ねられていた「コードを抜くか否か」について、劇場版では明確な答えを描いたとされています。

声優陣のコメントを交えた2023年12月7日公開の公式解説では、劇場版の追加収録を経て、キャスト側は「素子はコードを抜かなかった」という結末として受け取ったことも紹介されています。

これはNetflix版との重要な違いです。

配信版は「選択そのもの」を視聴者へ残した。

劇場版は、素子自身の選択をよりはっきり示した。

同じ物語でありながら、終点の見せ方は同一ではありません。

「最後の人間」とは誰なのか

2023年11月25日の公式スタッフトークで古川達馬さんは、『最後の人間』という題について、当初は草薙素子を指す意図だったと明かしています。

しかし神山監督との議論を重ねる中で、「実は逆」という考えに至ったとも説明しています。

この発言から考えると、「最後の人間=草薙素子」と一対一で固定する読み方は不十分です。

Project PLATEAUの2022年11月18日インタビューでも、神山監督は素子について、新しい世界を恐れて拒否したのではなく、人を超えた先の可能性を開いたことへの責任として、自分だけは旧世界を守るという発想だったと語っています。

筆者としては、「最後の人間」という題は生物学的な最後の一人を指すというより、人間を人間たらしめる境界がどこにあるかを問い直す言葉と読むのが自然だと考えます。

Nへ進む者が人間ではなくなるのか。

ゴーストを抱えた旧世界に残る素子こそ人間なのか。

あるいは、その区別自体がすでに古くなっているのか。

題名が簡単な答えに固定されていないこと自体が、『攻殻機動隊』らしい仕掛けです。


『SAC_2045』を考察|笑い男・個別の11人からNへ何が進化した?

私が『SAC_2045』で特に重要だと感じるのは、旧『S.A.C.』が扱ってきた「集合する個人」の問題を、技術による社会実装まで進めたことです。

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の笑い男事件では、オリジナルと模倣の境界が失われ、中心人物がいなくても似た行動が増殖しました。

『S.A.C. 2nd GIG』の「個別の11人」でも、思想や物語が複数の個人を似た方向へ動かします。

しかし『SAC_2045』では、それだけではありません。

シンクポルでは集合した判断が現実へ作用し、Nでは人間が「同じ現実を共有する必要」すらなくなっていきます。

旧シリーズでは、別々の個人がなぜ同じ行動へ収束するのかが問題でした。

『SAC_2045』では、そもそも個人同士が同じ現実を見ていなくても社会は成立するのかという問いへ進んでいます。

ここに約20年の時代差があります。

Nが2020年代的なのは「命令」より「最適化」で人を動かすから

神山監督はProject PLATEAUのインタビューで、『SAC_2045』の制作開始時に未来予測をしようとしたのではなく、2017年当時の「今」とは何かを考え続けたと説明しています。

この言葉は、Nを読み解くうえで重要です。

20世紀的な管理社会では、国家や権力者が「これを信じろ」と命令する姿が想像されやすいでしょう。

しかしネットワーク社会では、人を動かすために必ずしも命令は必要ありません。

本人が好む情報。

本人が怒りやすい話題。

本人が安心する価値観。

本人が居心地よく感じる人間関係。

それらが一人ひとりに最適化されれば、人々は強制されなくても別々の現実認識を持ち始めます。

もちろん現実の推薦アルゴリズムと作中のダブルシンクは同一ではありません。

ただし、人間を一つの思想へ強制的に統一するのではなく、一人ひとりに違う「快適な世界」を渡すことで社会を安定させるという発想は、きわめて2020年代的です。

ここが『1984』をそのまま映像化した作品との決定的な差だと私は考えています。

タカシの世界には、全員が同じ夢を見る必要さえないのです。

ダブルシンクは従来の「偽の記憶」と何が違うのか

もう一つ注目したいのは、『攻殻機動隊』が以前から扱ってきた記憶改変との違いです。

偽の記憶を植え付けられた人物には、「本来の現実」が別に存在します。

そのため真相を暴けば、少なくとも論理上は現実へ戻れます。

ところがダブルシンクでは、虚構が一時的な錯覚ではありません。

本人の生活として継続し、幸福感や人生の意味そのものを構成します。

すると「真実を教えること」が必ずしもその人を幸福にするとは限りません。

これは、シリーズが長く掲げてきた「ゴーストとは何か」という問いを、認識の側から揺さぶります。

自分の記憶が自分を作るのであれば、幸福に最適化された記憶や現実認識を生涯持ち続ける人物は、偽物なのでしょうか。

逆に、客観的な現実を知って苦しみ続けることだけが、本物の人生なのでしょうか。

作品はどちらにも簡単な判定を下しません。

だからこそ、最後に判断する役目が草薙素子へ渡されます。

草薙素子が新しい世界へ完全には移らない意味

Project PLATEAUのインタビューで神山監督は、『攻殻機動隊』の世界ではゴーストが人間を規定する最小単位であり、素子にもゴーストがあると説明しています。

そして新しいバーチャル世界へ進む役割を、今回は素子ではなくポスト・ヒューマンへ担わせたと語っています。

ここは重要です。

素子は技術を拒絶する人物ではありません。

全身義体を持ち、ネットへ深く接続し、従来の人間観そのものを何度も越境してきました。

それでも「自分という主体が完全に消失すること」と「ネットワークへ深く接続すること」は同義ではない。

その境界にゴーストが置かれています。

筆者としては、『SAC_2045』のラストは「現実を選べ」という単純な教訓ではないと考えています。

むしろ、技術によって幸福と自由を別々に設計できるようになったとき、人間は何を失った時点で、人間ではなくなるのかを問う作品です。

劇場版で素子がコードを抜かない選択をしたことも、タカシへの完全な降伏とだけ読む必要はないでしょう。

新しい世界を無条件に肯定したというより、その世界へ進む人類に対して、旧世界の価値観だけを唯一の正解として強制しない判断だった、と読む余地があります。

そして自分自身は、その変化を観測する側へ残る。

その姿まで含めて考えると、「最後の人間」という題が素子を指しながら「実は逆でもある」と語られた理由も、より立体的に見えてきます。


まとめ|『攻殻機動隊 SAC_2045』の最終回は人間が共有する「現実」を問う

『攻殻機動隊 SAC_2045』は、ポスト・ヒューマンを倒して世界を救うだけの物語ではありません。

シンクポルからN、ミニラブ、ダブルシンクへと進むにつれ、問題は「誰が世界を支配するか」から「人間は同じ現実を共有する必要があるのか」へ変わっていきます。

トグサの失踪を追って公安9課は廃墟となった東京へ向かい、原子力潜水艦の奪取による核大戦の危機、アメリカの軍事介入、ミズカネスズカとシマムラタカシの行動が一つにつながります。

最終話「DOUBLE THINK / 事象の境界線」で明らかになるのは、人々が現実と幸福な虚構を同時に生きるダブルシンクへ移行しつつあることです。

Netflix版では、素子がタカシのコードを抜いたかどうかは明確にされません。

一方、2023年11月23日公開の劇場版『最後の人間』ではクライマックスが再構成され、公式スタッフトークでも「明確な答えを描いた」と説明されました。キャスト側の受け止めとしては、素子がコードを抜かなかった結末が示されています。

旧『S.A.C.』が「独立した個人がなぜ同じ現象を起こすのか」を描いたシリーズなら、『SAC_2045』はその先にあります。

別々の人間が別々の現実を生きても、一つの社会は成立するのか。

幸福な世界を与えられたとき、それを自分で選んでいなくても自由と言えるのか。

そして、身体も記憶も認識も技術によって作り替えられる時代に、最後まで「私」を規定するものは何なのか。

2045年という未来を舞台にしていますが、本作の問いはすでに私たちが暮らすネットワーク社会のすぐ隣にあります。

確認に用いた主な一次情報は、Production I.G『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』作品紹介、国土交通省Project PLATEAU「攻殻機動隊とメタバース。神山健治監督が見つめる『今と未来』の世界」(2022年11月18日公開)、『攻殻機動隊』公式グローバルサイト掲載の2023年11月25日スタッフトーク公式レポート、同12月2日公開記念舞台挨拶公式レポート、『攻殻機動隊 SAC_2045』公式サイトのSeason 2 Blu-ray BOX収録情報です。


よくある質問

『攻殻機動隊 SAC_2045』のNとは結局何ですか?

Nは当初、廃墟となった東京に集まる難民集団として登場します。

物語後半では、ミニラブとダブルシンクによって、現実とは別に摩擦の少ない現実も同時に生きる人々を示す概念へ広がっていきます。

最終回で草薙素子はコードを抜いたのですか?

Netflix配信版では明確にされていません。

一方、劇場版『最後の人間』はこの部分を再構成しており、公式スタッフトークではシリーズ版と異なり明確な答えを描いたと説明されています。キャスト陣は「素子はコードを抜かなかった」という結末として受け止めています。

『最後の人間』だけ見ても内容は分かりますか?

『最後の人間』はシーズン2を映画として再構成した作品なので、大筋を追うことはできます。

ただしシンクポル、ポスト・ヒューマン、トグサとタカシの関係などはシーズン1から積み上げられているため、結末の意味まで深く理解するならシーズン1・2の順に見るほうが分かりやすいでしょう。

劇場版『最後の人間』はシーズン2の続編ですか?

続編ではありません。

シーズン2全12話を新しいシーンや視点によって再構成した劇場作品で、クライマックスには配信版と異なる演出や追加収録が施されています。

「最後の人間」は草薙素子を意味するのですか?

当初は素子を指す意図だったことが制作スタッフから明かされています。

ただし神山健治監督との議論を重ねる中で「実は逆」という考えも生まれたと説明されており、公式に一人だけを指す単純な題名として確定しているわけではありません。

執筆:篠原千鶴(アニメ愛好家・フリーランス校正者)

幼少期からジャンルを問わずアニメ作品を視聴し、現在も各クールの新作を継続して追っています。本稿では『攻殻機動隊』旧S.A.C.シリーズとの構造比較に加え、作品公式情報、制作会社の作品紹介、制作スタッフのイベント発言、神山健治監督の公開インタビューを照合し、確認できる事実と筆者の解釈を分けて整理しました。